「クナおばさんは肩こり」             岡山市立操南小学校
                                    教諭 萱野 一馬  
    
 パナマ運河で有名な中米パナマは,熱帯の国である。とにかく毎日暑い。四季はなく,4月から11月までの雨季と,ほとんど雨の降らない12月から3月までの乾季がある。年中半袖の生活にもすっかり慣れた3年目,私はパナマの原住民,クナ族が作る「モラ」という刺繍を見るのがとても楽
しみであった。  
 パナマには,いくつかの原住民が住んでいる。クナ族は,パナマシティーから飛行機で30分ほど飛んだカリブ海にあるサンブラス諸島に暮らす民族である。男は漁師をし,女は小さい頃からみんな「モラ」を縫っている。もともと「モラ」は,彼女たち自身が着る衣装の胸と背中の部分の刺繍であるが,その伝統的,あるいは独創的なデザインは,いつの頃からか,パナマを代表する世界的にも有名な刺繍になった。パナマシティーでも,多くのクナ族が路上やお店で民芸品としての「モラ」を売っているのである。
 その店がたくさん集まっている場所がある。そこは,通称「モラ市場」と言われ,一坪ほどの店が約40軒ほど集まっていて,「モラ」ばかりでなく,パナマや近隣諸国の民芸品がたくさん売られているのである。私は,週末になると必ずそこを訪れた。「モラ」を見たり,モラを縫っているクナおばさんたちと話をしたりするのが楽しかったからである。
 ある日,ふと思った。子どもの頃から一日何時間も,ずっとモラを縫い続けていると,肩がこっているのじゃないかなと。そこで聞いた。「おばさん,肩こってない。」「ああ,とてもこっているよ。」と言うので,それじゃと肩に手を置いた。まるで石のように堅い。「こりゃ,堅い。ちょっともんであげるよ。」と言って肩もみを始めた。「お前,なかなかうまいじゃないか。マッサージ師みたいだ。」と誉められた。すると,「私ももんでおくれ。」と,次々に肩もみを頼まれた。どのおばさんもみんな肩こりなのである。
 何度もモラ市場に通っているうちに,私は「謎のマッサージ師」と言われるようになり,おばさんたちと親しくなっていった。肩をもみながら,おばさんたちから「モラ」の見方や作り方を学んだ。クナ族の生活や風習の話をたくさんしてくれた。クナ語も教えてもらった。その時間は,私にとってとても新鮮で,楽しいひと時となったのである。
 
今,我が家にあるモラを見るたびに,陽気でたくましいクナおばさんたちを思い出す。おばさんたちの屈託のない笑顔やその明るさを思い出す。元気かなあ。会いたいなあ。また,肩をもんであげたいなあと思うのである。
 
 


 クナおばさんの店









 いろんなデザインの「モラ」